原子配列が同じかどうかの判定について、 全部の原子を均一に並進させたものを同じとみなす立場と そうでない立場がある。 前者の立場で結晶を場合分けしたものが結晶点群である。
国際記法として定められたHermann-Mauguin記法が用いられることが多いが、 分子やクラスターの場合は、Schönflies記法もよく用いられる。 以下、個々の対称操作と両方の表記法について述べる。
物質が空間反転対称性を持つかどうかは、結晶に限らず、 素粒子から物性まで幅広い分野にわたって重要な問題である。
操作 | Hermann-Mauguin記法 | Schönflies記法 |
空間反転 | 1 | i |
結晶で許される回転操作の角度は、
180度(=360/2)、120度(=360/3)、90度(=360/4)、60度(=360/6)の4通りだけである。
なお、準結晶は、結晶で許されない回転対称性を持つことから発見された。
回転操作を表記するときは、以下のように、一周を何分割するかという数(n)を用いる。この対称性をn回対称と称する。
操作 | Hermann-Mauguin記法 | Schönflies記法 |
180度回転 | 2 | C2 |
120度回転 | 3 | C3 |
90度回転 | 4 | C4 |
60度回転 | 6 | C6 |
物質が鏡映対称性を持つかどうかは、 生体物質では重要な問題である。
操作 | Hermann-Mauguin記法 | Schönflies記法 |
鏡映 | m | σ |
360/n度の回転操作と反転操作を組み合わせることで、 もとの原子配列と一致する場合がある。 このような対称操作をn回回反操作とよぶ。
z軸のまわりに180度回転を行うと、x座標とy座標が反転する。 そののちに原点で反転すると、x座標とy座標が元に戻り、 z座標が反転する。すなわち、この2回回反は、 z=0という平面で鏡映操作をしたことと等価になる。
360/n度の回転操作と鏡映操作を組み合わせることで、 もとの原子配列と一致する場合がある。 このような対称操作をn回回映操作とよぶ。
鏡映は2回回反と同等であった。したがって、回映操作は回反操作に書きなおすことができる。 具体的には、 360/n度の回転後に鏡映を行うことは、 360/n度の回転後、さらに180度の回転を行い、反転操作をすることと同じである。 すなわち、
通常、Hermann-Mauguin記法では回反を、 Schönflies記法では、回映を用いる。
操作 | Hermann-Mauguin記法 | Schönflies記法 |
3回回反 | 3 | S6 |
4回回反 | 4 | S4 |
6回回反 | 6 | S3 |
外場ゼロにおける自発的な物理量の代表として、電気分極を考える。
電気分極の方向をz軸とする。
ここで空間反転操作を施すと、z軸の正負が反転し、電気分極が反転する。
すなわち、性質が変わるのだから、原子配置が重なるはずがない。
結局、電気分極が存在する結晶では、空間反転は対称操作ではない。
同じように、x軸やy軸についての回転操作が対称操作であれば、
z軸方向には電気分極を持たない。
次に、誘電応答や、圧電応答などの、外場応答を考えよう。
誘電率は、i方向の電界によって、
j方向にどれだけ電束が出るか、というように2つの添え字を使って初めて定義される(2階のテンソル)。
歪みは、i方向に離れた2箇所でのj方向の変位の差で定義される。やはり、2つの添え字が必要だ。圧電係数は、歪みを与えたときに電気分極が発生するという現象を表すため、3つの添え字で定義される(3階のテンソル)。
誘電率を測定している結晶への対称操作を考える。
対称操作なので、外場がないときの原子配列は(並進操作を除いて)不変である。
印加電場とそれを受けて出現する電束は、回転操作、反転操作、鏡映操作によって向きを変える。
しかし、原子配置が同じなのだから、応答を表すテンソルは同じでなくてはならない。
このことから、そのテンソルの形に制約が生じる。
例えば、z軸周りの6回対称がある結晶の誘電率を考えよう。
印加電場
(E1,E2,E3)
のもとでの電束ベクトルは
(εxxE1
+εxyE2
+εxzE3,
εyxE1
+εyyE2
+εyzE3,
εzxE1
+εzyE2
+εzzE3)
と書ける。
ここで、60度回転を3回続けよう。
原子配列は不変であり、誘電率テンソルは変化しない。
一方、印加電場は
(−E1,−E2,E3)
となる。
よって、
電束ベクトルは、
(−εxxE1
−εxyE2
+εxzE3,
−εyxE1
−εyyE2
+εyzE3,
−εzxE1
−εzyE2
+εzzE3)
と計算される。
これが、さきほどの電束ベクトルをz軸まわりで180度回転させたものと
一致しないといけない。結局、
εxz
=εyz
=εzx
=εzy
=0
が言える。
もとに戻って、60度の回転を一回だけ施しても、
原子配列は不変であり、誘電率テンソルは変化しない。
電場は、
(E1/2-sqrt(3)E2/2,
sqrt(3)E1/2+E2/2,
E3)
となるので、電束ベクトルは、
(
εxx(E1/2-sqrt(3)E2/2)
+εxy(sqrt(3)E1/2+E2/2),
εyx(E1/2-sqrt(3)E2/2)
+εyy(sqrt(3)E1/2+E2/2),
εzzE3)
と計算される。これを、回転前の電束ベクトルと比較すると、
εxx=εyy
かつ
εxy=εyx=0
が結論される。
このように、対称操作が結晶の性質を決める上で重要なのである。
なお、磁性と関係することを議論するためには、時間反転操作を考えなくてはならない。
それは、本講義の範囲を超えるが、基本的な考え方は共通している。
結晶を分類する方法として、結晶系、ブラべ格子、結晶点群、空間群が良く使われる。
結晶系とは、結晶を単位胞の形によって分類したものである。
単位胞の形と対称要素の間には深い関係がある。
単位胞となる多面体の取り方には任意性があるが、
もっとも簡単なものは、a, b, cが作る
平行六面体である。
このときの平行六面体としては、並進対称性を満たす最小の単位とすることを
優先するのではなく、形がよくなることを優先する。
その上で、平行六面体の形を、次のように7種類に分類する。
結晶格子を、これらの7種類に分類したものを、結晶系(lattice system)
と言う。
なお、結晶を、平行六面体の形ではなく、後述する点群に基づいて分類する場合もある。
これは英語ではcrystal systemと呼ぶ。
crystal systemでは、rhombohedralの替わりにtrigonalというものを使う。
trigonal crystal systemは、一部がrhombohedralに属し、残りはhexagonalに属する。
結晶系は平行六面体の形、すなわち格子点の配列パターンに関する分類である。
対称操作は、格子点の配列だけでなく、原子配列も変えない。
対称操作が結晶の性質や応答を支配するのだから、
結晶系をさらに細分化すると便利である。これが結晶点群である。
全部で32通り存在する。以下、個々の結晶点群について述べる。
cubic格子には、次の対称操作がある。
国際表記ではこの順番に、 4/m 3 2/m と表すことになっている。
原子配列は、これらのすべての操作について不変である必要はない。 4本の3回対称軸さえあれば、cubic systemが保たれる。 他の対称操作の有無によって次のように分類される。
国際記法 | 国際記法(略式) | Schönflies記法 |
4/m 3 2/m | m 3 m | Oh |
4 3 m | 4 3 m | Td |
4 3 2 | 4 3 2 | O |
2/m 3 | m 3 | Th |
2 3 | 2 3 | T |
hexagonal格子には、次の対称操作がある。
国際表記ではこの順番に、 6/m 2/m 2/m と表すことになっている。
原子配列は、これらのすべての操作について対称である必要はない。 3回対称軸さえあれば、格子系はhexagonal systemとなる。 しかし、並進操作を無視すると、rhombohedral systemと区別がつかなくなる。 そこで、結晶点群では、改めて、 6回対称軸あるいは6回回反軸があるものを、hexagonalと称する。 他の対称操作の有無によって次のように分類される。
国際記法 | 国際記法(略式) | Schönflies記法 |
6/m 2/m 2/m | 6/m m m | D6h |
6/m 2 m
6/m m 2 |
6 2 m
6 m 2 |
D3h |
6 m m | 6 m m | C6v |
6 2 2 | 6 2 2 | D6 |
6/m | 6/m | C6h |
6 | 6 | C3h |
6 | 6 | C6 |
rhombohedral格子には、次の対称操作がある。
国際表記ではこの順番に、 3 2/m と表すことになっている。
原子配列は、これらのすべての操作について対称である必要はなく、
3回対称軸さえあれば、格子系はrhombohedral systemかhexagonal systemとなる。
hexagonal格子の結晶のうち、原子配列が6回対称も6回回反も示さない結晶と
rhombohedral格子の結晶をtrigonal systemと呼ぶ。
trigonal systemは他の対称操作の有無によって次のように分類される。
国際記法 | 国際記法(略式) | Schönflies記法 |
3 2/m | 3 m | D3d |
3 m | 3 m | C3v |
3 2 | 3 2 | D3 |
3 | 3 | C3i or S6 |
3 | 3 | C3 |
tetragonal格子には、次の対称操作がある。
国際表記ではこの順番に、 4/m 2/m 2/m と表すことになっている。
原子配列は、これらのすべての操作について対称である必要はない。 4回対称軸か4回回反軸があれば、tetragonal systemが保たれる。 他の対称操作の有無によって次のように分類される。
国際記法 | 国際記法(略式) | Schönflies記法 |
4/m 2/m 2/m | 4/m m m | D4h |
4 2 m
4 m 2 |
4 2 m
4 m 2 |
D2d |
4 m m | 4 m m | C4v |
4 2 2 | 4 2 2 | D4 |
4/m | 4/m | C4h |
4 | 4 | S4 |
4 | 4 | C4 |
orthorhombic格子には、次の対称操作がある。
国際表記ではこの順番に、 2/m 2/m 2/m と表すことになっている。
原子配列は、これらのすべての操作について対称である必要はない。 6つの操作のうち最低3つが残れば、orthorhombic systemが保たれる。 次のように分類される。
国際記法 | 国際記法(略式) | Schönflies記法 |
2/m 2/m 2/m | m m m | D2h |
m m 2 | m m 2 | C2v |
2 2 2 | 2 2 2 | D2 |
monoclinic格子には、次の対称操作がある。
原子配列は、両方の操作について対称である必要はない。 どちらかが残れば、monoclinic systemが保たれる。 次のように分類される。
国際記法 | 国際記法(略式) | Schönflies記法 |
2/m | 2/m | C2h |
m | m | Cs |
2 | 2 | C2 |
triclinic systemでは、格子点の並び方については、次の対称操作がある。
原子配列にも空間反転があるかないかで 次のように分類される。
国際記法 | 国際記法(略式) | Schönflies記法 |
1 | 1 | Ci |
1 | 1 | C1 |
物質系専攻 有馬孝尚