研究紹介 -マルチフェロイック物質の巨大電気磁気効果-


 マルチフェロイック物質とは?

 我々の身の回りには様々な物質が存在しています。このうち一部の物質群では、温度変化に伴ってスピン、電荷、格子等の自由度に秩序化が生じ、磁化(M)、電気分極(P)、歪み(儉)といった物理量が自発的に発生することがあります。上記の性質はそれぞれ、強磁性(ferromagnetism)、強誘電性(ferroelectricity)、強弾性(ferroelasticity)と呼ばれ、これまでそれぞれ独立に研究がなされていました。
 ところが最近になって、複数の強的な性質(ferroic)が同一の系に存在している物質群に注目が集まってきています。これらの物質は、複数の強的な性質(multiferroic)を持っているということで、マルチフェロイック物質と呼ばれています。(但し最近では、反強的な性質(antiferroic)と強的な性質(ferroic)が共存しているような場合にも、広義の意味でマルチフェロイックという用語が用いられるようになってきています。)

 電気磁気効果

 では、マルチフェロイック物質のどのような点に関心が持たれているのでしょうか?ひとつには、単一の物質で複数の自由度を利用出来るということが挙げられます。この特徴からは、例えばメモリー素子への応用における記録密度の増加といった可能性が期待されています(例:スピンのUPとDOWN+電荷のプラスとマイナスの同時利用 etc.)。
 一方、共存している複数の秩序間に強い結合が存在している場合には、さらに興味深い現象が期待されます。通常、磁化(M)、電気分極(P)、歪み(儉)といった物理量には、それぞれ共役な外場(磁場(H)、電場(E)、応力(F))が存在しており、この外場によって強磁性体の磁化や強誘電体の電気分極の向き等は制御されます。しかし、共存する秩序間に結合がある場合、この結合を介して非共役な外場により物理量を制御することが可能になります(例:磁場による強誘電分極や歪みの制御 etc.)。このような外場と物理量の相関は、交差相関(cross correlation)と呼ばれ、共存する秩序間の結合が強い場合には巨大応答も期待されることから、マルチフェロイック物質が関心を集めるもうひとつの特徴となっています。
 このうち我々のグループでは、マルチフェロイック物質を対象として、電気と磁気の交差相関である電気磁気効果(M vs E, P vs H)に注目した研究を行っています。

 らせん磁気構造と強誘電性

 電気磁気効果を研究するにあたっては、やはり巨大応答というものに興味が持たれます。しかしその為には、単に磁気秩序と強誘電秩序が共存しているだけのマルチフェロイック物質では駄目で、秩序間に強い結合が存在している必要があります。近年、多くのマルチフェロイック物質が報告されていますが、このような秩序間の強い結合は、磁気秩序化と同時に強誘電相転移を示すタイプのマルチフェロイック物質で見つかっています。このタイプのマルチフェロイック物質では、ある種の磁気秩序相(下の概念図だと磁気秩序相Bに相当)の磁気構造が強誘電性発現の起源となっています。その為、磁場印加により磁気秩序相AからBへと相転移させることで、電気分極のON−OFF制御のような巨大応答(巨大電気磁気効果)を得ることが可能となります。このような物質としては、例えばペロフスカイト型RMnO3がよく知られており、現在盛んに研究が行われています。

 では、どのような磁気構造が強誘電性を誘起するのでしょうか?幾つかモデルが提案されていますが、実験的には、上記のペロフスカイト型RMnO3において、以下に示すような「サイクロイド型らせん磁気構造」をとる磁気秩序相において自発分極が発生していることが、我々のグループの実験により確認されています(Ref.1)。
 この観測結果は、らせん磁気構造への秩序化によってスピン系の対称性が低下した結果、DM相互作用の逆効果を介して格子系の対称性も低下し、自発分極が発生していることを示しています(逆DM相互作用による分極発生メカニズム)。

 新規マルチフェロイック物質MnWO4

 我々はこのような研究背景のもと、巨大電気磁気効果を示すマルチフェロイック物質を新たに探索することに取り組んできました。その結果、以下に挙げるMnWO4という物質が、らせん磁気秩序相において強誘電性を発生させるタイプのマルチフェロイック物質であることを新たに発見しました(Ref.2)。
 このMnWO4ですが、元々1865年にドイツの冶金学者Adolf Hübnerにより発見された鉱石(Hübnerite)として古くから知られてきた物質でした。この系はwolframite構造というMnO6のチェーン構造で特徴付けられる比較的単純な結晶構造(下図)をとります(余談ですが、このwolframiteというのはMnの一部をFeが置換した日本でも産出する鉱石の名前で、タングステンの元素記号(W)の起源となったものです)。この系に関しては過去の研究において、交換相互作用の競合に起因したらせん磁気構造が低温で現れることが報告されており、我々はこの点に着目しました。

この系は、結晶構造の図からも分かるように、

  1. 結晶構造が他のマルチフェロイック物質に比べて単純である。(磁性イオンが結晶学的に単一のサイトのみに存在)
  2. 磁性元素を一種類しか含まない(ペロフスカイト型RMnO3等では複数の磁性イオン(f電子+d電子のモーメント etc.)が混在しており挙動が複雑)

といった特徴を持つ為、マルチフェロイック物質の基本的な外場応答を調べる上では有利な物質であると言えます。
 我々は、この物質の磁場下における電気分極測定より電気磁気相図を作成し、らせん磁性相内でのみ強誘電分極が発生していることを観測しました。また、b軸方向に磁場を印加していった場合には、電気分極の向きが90°回転する(分極フロップ)といった顕著な応答を示すことも新たに明らかにしました。これまで、分極フロップが観測されていたのは全て希土類元素を含むペロフスカイト型RMnO3のみであった為、この結果はf-d相互作用の影響を完全に排除した系での分極フロップの初めての観測例となります。
 また、残りの結晶軸方向に対しては磁場応答が異なっており、a軸やc軸方向に磁場印加した場合には、上で述べたような電気分極のON−OFF制御が可能であることも見出しています(Ref.3)。

 新規マルチフェロイック物質Ba2Mg2Fe12O22

 さらに最近我々は、非常に小さな磁場で電気分極を制御出来るマルチフェロイック物質も新たに発見しました(Ref.4)。その物質はBa2Mg2Fe12O22というフェライトの一種です。
 この系は、少々複雑な化学式をしていますが、実はY型の六方晶フェライト(Y-type hexaferrite)と呼ばれる永久磁石の一つで、磁性体の教科書等にも載っている物質です。一般にこの系や類似の系は、フェロクスプレーナ(Ferroxplana)という名前で呼ばれることもあり、磁気的な異方性が大きなことを利用してGHz帯の電磁波吸収材料として研究されています。また余談になりますが、この系と類似のマグネトプランバイト型と呼ばれる結晶構造を持つBaFe12O19などは、私たちが普段、冷蔵庫や掲示板等でメモを貼り付けるのに使用しているマグネット等として身近な所に数多く見受けられます。
 ちなみにBa2Mg2Fe12O22自身の結晶構造は左下図に示したようなものです。MnWO4とは異なり非常に複雑な構造ですが、図中に示したように、スピネル構造のブロック(S)とBa2+とO2-による六方最密充填構造のブロック(T)の積層構造として見てやると、比較的シンプルに捉えることが出来ます。

 ところで、らせん磁性相で強誘電性を発現するマルチフェロイック物質は、これまで幾つか見つかっていますが、ほぼ全ての物質で磁気転移温度が非常に低い(〜40K以下)という特徴があります。先に説明したように、強誘電転移温度とらせん磁性転移温度は一致していますので、らせん磁性転移温度が低い物質では高温で強誘電分極を発現させることは原理的に不可能となります。これは現在のマルチフェロイック物質の研究における一つの課題となっています。一方Ba2Mg2Fe12O22は、室温ではフェリ磁性体として振舞いますが、温度を下げていくと、200Kという比較的高温から、らせん磁気構造へと転移を示すことが知られています。我々は、高温でマルチフェロイック特性を示すポテンシャルを持った候補物質として関心を持ち研究を行いました。
 その結果、まず上の中央の図に示すように、この物質がゼロ磁場でも自発磁化、自発分極を持っているということを見出しました。これはBa2Mg2Fe12O22が、元来の言葉の意味通りのマルチフェロイック(強磁性(正確にはフェリ磁性)+強誘電性)物質であることを示しています。さらに我々の研究では、〜0.02T(=200ガウス)という非常に小さな磁場で、電気分極が反転することを初めて明らかにしました。これは、我々の身の回りにある永久磁石が出している程度の大きさの磁場です。他のマルチフェロイック物質で分極に向きを変えるのには〜1T(=10000ガウス)程度必要ということを考えると、この磁場がいかに小さいかが分かります。また、右上図のように印加磁場方向を回転させていったところ、電気分極が磁化と垂直方向を向きながらc面内を回転していくという興味深い振る舞いも観測されています。
 現在は、このようなマルチフェロイック特性を示すメカニズムを解明する為、磁気構造などのミクロな観点からのアプローチを計画しています。また現時点では、試料の抵抗が低く、残念ながら高温での分極測定が出来ていないのですが、試料作成時の雰囲気等の条件を改善することで、高温でもマルチフェロイック応答の観測が可能になるのではないかと期待しています。

 いずれにせよ、我々の身近に何気なく存在していた物質が、実はマルチフェロイックであることが新たに再発見されて輝き出して見えてくるというのは、この研究を行っていて感じる面白さの一つかもしれません。

文責:谷口耕治

[Reference]
1. T. Arima, A. Tokunaga, T. Goto, H. Kimura, Y. Noda, Y. Tokura, Phys. Rev. Lett. 96, 097202 (March 2006).
"Collinear to Spiral Spin Transformation without Changing the Modulation Wavelength upon Ferroelectric Transition in Tb1-xDyxMnO3"

2. K. Taniguchi, N. Abe, T. Takenobu, Y. Iwasa, T. Arima, Phys. Rev. Lett. 97, 097203 (August 2006).
"Ferroelectric Polarization Flop in a Frustrated Magnet MnWO4 Induced by aMagnetic Field"

3. K. Taniguchi, N. Abe, H. Sagayama, S. Ohtani, T. Takenobu, Y. Iwasa, T.Arima, Phys. Rev. B 77, 064408 (February 2008).
"Magnetic-field dependence of the ferroelectric polarization and spin-lattice coupling in multiferroic MnWO4"

4. K. Taniguchi, N. Abe, S. Ohtani, H. Umetsu, T.Arima, Applied Physics Express 1, 031301 (February 2008).
"Ferroelectric Polarization Reversal by a Magnetic Field in Multiferroic Y-type Hexaferrite Ba2Mg2Fe12O22"