■スピンと軌道のダイナミクス
強相関電子系と呼ばれる一連の物質群では、電子間のクーロン反発力が大きいために、しばしば結晶中の各イオンの付近に電子が局在します。このように電子が局在する場合、スピンや軌道といった電子が本来持っている性質がはっきりと顔をだすようになります。このスピンと軌道のダイナミクスを調べることが僕の研究の目的です。
図 1 結晶中の自由度(格子・スピン・軌道)
■軌道波とは?
各イオンに局在する電子はそれぞれ1s、2p、3d・・・など電子軌道に属しています。通常は、各電子はエネルギーの低い1s軌道から順番に各軌道を占有していき、電子の占有軌道に選択肢はありません。しかし、遷移金属酸化物では、電子がどの電子軌道をとるかについての選択肢、すなわち軌道自由度がしばしば出現します。結晶中では、この自由度をもった電子軌道がある決まった秩序をもった配列となります。これを軌道整列と呼びます。このような軌道が整列した状況で、軌道にゆらぎを与えることによって結晶中を軌道の波が伝播する現象を軌道波と呼びます。この軌道波は理論的には存在が予測されているのですが、実験的には断定的な報告はありません。軌道波の観測は、物質の動的構造の理解にとって重要となります。このような軌道波をスピンとの結合を通して観測しようと試みました。
図 2 軌道波の概念図(E.
Saito et al., Nature 410,
180-183 (2001))
■スピネル型酸化物MnV2O4
このような励起を観測する物質としてMnV2O4という物質を選択しました。この物質はV3+サイトの電子の軌道に軌道自由度が存在し、58Kでの磁気秩序ののち、転移温度53K以下で軌道整列が生じます。磁気秩序と軌道秩序が極めて近接した温度で生じていることからもわかるようにスピンと軌道の間の相関が強く、したがって、スピンのゆらぎを引き起こすことで軌道のゆらぎが観測できる可能性があります。本研究では、中性子を用いてスピンのゆらぎから軌道波を観測できないかということでMnV2O4単結晶に対して中性子非弾性散乱実験を行いました。
図 3 (左)スピネル型酸化物MnV2O4、(右)中性子実験を行ったJ-PARC
■実験結果と考察
MnV2O4のスピンモデルを仮定して、スピン波の同定を行うためにスピン波解析を行いました。通常のHeisenberg型交換相互作用に加えてV3+サイトのスピン軌道相互作用に由来する異方性の項を追加したHamiltonianを仮定したモデルでシミュレーションした結果、10meV以下の低エネルギー領域において実験と計算で異なる分散が確認できました。
図 4 MnV2O4に対する,スピン波解析の計算結果(上)中性子非弾性散乱の実験結果(下)