時間反転操作と物性 / Time-Reversal Operation vs. Physical Properties


物理法則に関する時間反転操作 / Time Reversal in Physics Laws

ここまで、物理法則が空間座標に関する各種操作について対称であることを利用して、 Neumannの原理について述べてきた。一方、物理法則が時間反転操作に対して不変であるかどうかは自明ではない。

古典力学

ニュートンの法則のうち、慣性の法則(第一法則)と作用反作用の法則(第三法則)は、 明らかに時間反転操作について不変である。では、運動の法則(第二法則)はどうだろう。
運動の法則は、加速度が加えられる力に比例して質量に反比例すると述べている。 加速度は位置の時間に関する2階微分であり、時間反転操作について不変な物理量である。質量もそのように考えてよいだろう。しかし、力が時間反転に対して不変かどうかは場合による。 ポテンシャル由来の保存力は時間反転について不変だが、すべての力がそうなるわけではない。

電磁気学

電磁気学では、電荷、電流、電界、磁束密度の4者の間の関係を議論する。このうち、電荷は時間反転操作について不変である一方、電流は時間反転操作によって反転する。 電界は電荷が生み出す場であり時間反転に対して不変であるが、磁束密度は、電磁石を考えればわかる通り、時間反転によって反転する。
この前提の下で電磁気学の法則を考える。 電荷分布と電界の関係を記したガウスの法則は、時間反転操作による影響を受けない。磁場に関するガウスの法則は、磁束の湧き出し、吸い込みがないことを論じており、これも時間反転操作による影響を受けない。 アンペールの法則は、電流、および、変位電流による磁束密度の発生を記述するが、電流、変位電流、磁束密度のすべてが時間反転操作によって反転するため、法則自体は時間反転を施しても成立する。 磁束の時間変化による回転電界の発生を記述するファラデーの電磁誘導はどうだろうか。「磁束の時間変化」という物理量が時間反転操作に対して不変であることに留意すると、ファラデーの電磁誘導も時間反転操作のもとで成立することがわかる。

量子力学

Schrödinger方程式は (ih/2π) ∂ Ψ/∂t= E Ψ という形である。左辺には時間微分があるので、時間反転操作によって符号が反転する。したがって、系の状態を表す波動関数が時間反転操作に対して何らかの変化が生じる必要がある。 ここで、(h/2πi) ∂/∂x で表される運動量pxが時間反転操作に対して符号反転を起こさなくてはいけないことも考える。 これらは、時間反転操作によって、波動関数Ψが複素共役Ψ*に変化すると考えることで解決する。

熱力学

熱力学の第零法則で述べられる熱平衡については、時間発展や時間反転操作とは無関係に成り立つ。 熱力学の第一法則、すなわち、エネルギーの保存則についても、時間反転操作に対して不変である。 熱力学の第三法則、すなわち、絶対零度においてエントロピーがゼロとなるという仮説も、時間反転操作とは無関係である。 問題は、第二法則である。断熱系でエントロピーが減少することはないと言っているわけだが、一方でエントロピーが増加する場合は明らかに存在する。この法則は、明らかに時間反転対称性を破っていることになる。

実際は、様々な物理法則が、エントロピーが増加する過程をあらわに含む。例えば、

などである。

磁性体における時間反転操作

上記のように、エントロピーの増加を伴う過程については、そもそも物理法則が時間反転対称性を持たないため、 時間反転操作をNeumannの原理に適用することができない。一方、可逆過程あるいは熱平衡状態そのものを考える場合は物理法則自体には時間反転対称性があると考えることができる。
このような前提で、物理応答を考える。考えることができる良い例は、物質に静磁場を与える場合や、外場に対する磁化の変化である。 一方、「電流」や「熱流」が存在すると、ほとんどの場合、エントロピーの増加を伴うことに注意が必要である。
結晶の側の時間反転対称性はどのように考えればよいだろうか。 通常の固体では、時間反転操作によって原子配列は変化しない。一方で、結晶中の電子の状態は変化する。 典型的な例として、磁性体が考えられる。 磁性体では、各原子サイトの電子が実効的な磁気モーメントを持つ。 多くの磁性体では、ある温度以下で、各原子サイトの磁気モーメントの時間平均がゼロでなくなる。いわゆる磁気秩序状態である。 磁気秩序状態について時間反転操作を施すと、磁気モーメントが反転する。 すなわち、磁気秩序状態は時間反転操作に対して対称であるとは限らない。
ただし、磁気秩序状態では、時間反転操作と空間座標に関する操作の組み合わせが、対称操作となる場合がある。 この空間座標に関する操作としては、点群で考えた操作のほかに、結晶で許されていた並進操作も考える必要がある。 Neumannの原理により、このような対称操作を持つ磁気秩序状態では、それより低い対称性の物理応答は出現しない。

時間反転操作に対して符号が反転する物理応答

以上のように考えると、時間反転操作に対して符号が反転する物理応答を議論することができる。典型的な例として、磁歪(磁場印加によるひずみ)、応力による磁化発生、電気磁気効果(電場印加による磁化発生、磁場印加による電気分極発生)、磁気光学効果(磁場印加による屈折率の変化)などがある。

磁気多極子 / Magnetic Multipole

時間反転操作に対して符号が反転する物理応答を表す「テンソル」の各成分は、 時間反転操作に対して符号が反転しなくてはいけない。 このようなテンソルと、電気多極子は結びつかない。 このような性質を有する多極子は、磁気多極子と呼ばれるものである。
磁気多極子の厳密な計算は、ベクトルポテンシャルを使うことによって可能となるが、 簡単には、磁気モーメントの代わりに正負の磁荷の対を考えるとよい。

時間反転に対して符号が変わる多極子を考えると、反対称項を考えてもよいことに気づく。 このような項を「トロイダル」と称することがある。もっとも簡単な例として二次の磁気多極子を考える。 この対称項は、電気多極子の場合と同様に二次の球面調和関数と対応している。すなわち、 yz, zx, xy, x2+y2, 2z2-x2-y2 の5つの自由度がある。一方、非対称項は、yz−zy, zx−xz, xy−yxの3項である。これらは、磁化分布の回転 rot Mと対応している。あるいは、磁化のループということもできる。


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物質系専攻 有馬孝尚