結晶点群と対称性 / Crystallographic Point Group and Symmetry


結晶とは / Crystal

物質は通常、力学的な性質の違いから、気体、液体、固体の3つに分類される。 しかし、原子の配列の観点からは少し違った分類が可能になる。 Though materials are usually classified into gas, liquid, and solid, another type of classification is possible from the viewpoint of arrengement of atoms.

三次元の長距離秩序がある物質相のうち、ほとんどのものは、周期性(同じ原子配列が繰り返される秩序)を持つ。 これが狭い意味での結晶である。 尚、三次元の長距離秩序があって、周期性がない物質相は準結晶と呼ばれる。 Atoms are periodically arranged in moost materials if they have three-dimensional long-range order. Atoms in quasicrystals are arranged without periodicity, while there remains long-range order.

結晶:同じ原子配列が、三次元的に繰り返されている物質の状態
Crystal: Atoms are periodically arranged in three dimensional space.

単位胞と基本格子ベクトル / Unit Cell and Primitive Vectors

結晶での原子の配列をきちんと考える前に、周期性だけに注目しよう。 First focus on the periodicity in a crystal without considering arrangement of each atom.

原子配列の繰り返しの単位を「単位胞」とよぶ。 (つまり、結晶では、形、大きさ、向きが全く同じ単位胞が、 重なりもなく、隙間もなく並んでいる)
単位胞が繰り返される周期は、三次元空間なので、3つの独立なベクトルで 表示できる。 これを基本格子ベクトル、あるいは、基本並進ベクトルと呼ぶ。 以下、a, b, cで表す。 単位胞の取り方には任意性があるが、 一般的には、基本格子ベクトルで形成される平行六面体に取る。 さらに、基本格子ベクトルの取り方にも任意性があるが、 基本格子ベクトルで形成される平行六面体が、なるべく対称性の高い形になるように、 ベクトルの長さがなるべく短くなるように、単位胞の体積が最も小さくなるように取る なお、a, b, cは右手系をなすように設定する。
基本格子ベクトルの長さをそれぞれa, b, c、 2つの基本格子ベクトルbcがなす角度をα、 caがなす角度をβ、 abがなす角度をγ と書き、a, b, c, α, β, γを格子定数、 あるいは格子パラメータと呼ぶ。

結晶では、すべての原子を基本格子ベクトルだけ並進させると、 元とぴったり重なる。
この周期性だけに注目する場合は、原子配列をまともに考える代わりに、 単位胞をある点(格子点)で代表させてよい。 格子点は、基本並進ベクトルの間隔で規則正しく並ぶ。 これを結晶格子とよぶ。

結晶系 (lattice system)

結晶を分類する方法として、結晶系、ブラべ格子、結晶点群、空間群が良く使われる。 結晶系とは、結晶を単位胞の形によって分類したものである。 (本来は、格子系と訳すべきだと思うが)
単位胞の形と対称要素の間には深い関係がある。 そこで、単位胞(平行六面体)の形を、次のように7種類に分類する。

結晶格子をこのように分類したものを結晶系(lattice system)と言う。
なお、結晶を、平行六面体の形ではなく、後述する点群に基づいて分類する場合もある。 これは、英語ではcrystal systemと呼ぶ。 crystal systemも7種であり、多くはlattice systemと共通であるが、 rhombohedralの替わりにtrigonalというsystemがある。 trigonal crystal systemは、一部がrhombohedral latticeに属し、残りはhexagonal latticeに属する。

対称操作 (Symmetry Operation)

結晶の物理応答を左右するものの一つに対称性がある。 すなわち、結晶の任意の性質が示す対称性は、結晶の点群の対称性よりも低くはなりえないのである。 これをノイマンの原理(Neumann's Principle)と呼ぶ。
ある系の対称性を考えるには、ある操作を行う前後で変化があるかないかを考えることになる。 変化が生じない場合、その操作を対称操作(symmetry operation)と呼ぶ。 結晶にある操作を行っても原子の配列が不変であれば、結晶の応答もその操作の前後で不変なはずである。 これが、ノイマンの原理が成り立つ理由である。
結晶について考えるべき操作は、並進、回転と空間反転、およびそれらの組み合わせである。磁性体の場合は、これに時間反転が加わる。
純粋な並進については結晶の定義のところで述べたので、ここでは、回転と空間反転、およびそれらの組み合わせについて述べる。

回転操作 (Rotation)

分子のような孤立系では、任意の角度の回転が対称操作となる可能性がある。 一方、結晶の場合は、考えるべき回転操作は限定される。 平面を埋め尽くすことのできる正多角形は正三角形、正方形、正六角形の3つである。 そのため、並進対称性を有する結晶では、これらの多角形がもつ対称操作、 すなわち、60度、90度、120度、180度の回転だけを考えればよい。

回転操作のことを整数nを使ってn回回転 / n-fold rotationと呼ぶ。 これは、2π / n の回転のことである。 国際記法では、これを単にnと書く。 特別な場合としてn=1の場合も考えることがある。これは360度回転、すなわち、 何もしないことと同じであり、恒等操作と呼ぶ。 結晶で可能な回転対称性は、自明な1回回転を除けば、2回回転、3回回転、4回回転、6回回転の4通りである。 なお、回転操作を指定するためには、回転角度だけでなく回転軸を指定する必要がある。 国際記法における軸の指定法は後述する。

数式で回転操作を表すこともあるので、簡単に触れておく。 例えば、デカルト座標系を使う場合、 z軸周りの角度θの回転を施す前後の座標をそれぞれ (x, y, z)、(x′, y′, z′)とすると、

となる。

空間反転操作 (Inversion)

空間反転とは、すべての点をある固定点に対して逆側へと移動させる操作である。 国際表記では、 1 と表す。 なお、数字の上に線をつける代わりに負符号を前につけてもよいことになっており、 空間反転の場合は− 1となる。
ある点(x0, y0, z0)を固定点とする空間反転操作は、デカルト座標系では、

となる。

鏡映操作 (Mirror Reflection)

三次元空間上のある平面について鏡映を施す操作である。 国際表記ではmと表す。 なお、鏡映操作を指定するためには、鏡映面を指定する必要がある。 国際記法における面の指定法は後述する。

デカルト座標系を用いて鏡映を表すことを考える。 平面z = 0による鏡映の前後の座標をそれぞれ (x, y, z)、(x′, y′, z′)とすると、

となる。

回反操作 (Rotoinversion)

n回回転と空間反転を連続して行う操作をn回回反操作と呼ぶ。 国際表記では、 nあるいは− nと表す。
デカルト座標系を用いてz軸周りでのn回回反を表すときは、 θ = 2π / nとして、

となる。

ここで、θ = πの場合はz = 0における鏡映操作と等しくなることがわかる。 したがって、通常、2回回反とは呼ばず、鏡映と呼ぶ。
分子の対称性を考える場合には、回映操作(Rotoreflection)を用いることが多い。 これは、回転と鏡映の組み合わせである。 鏡映が2回回反であることから、回転角θの回映は、回転角θ + πの回反と等価であることがわかる。 すなわち、回反と回映の両方を考える必要はない。 結晶学では、通常、回反操作を考える。

ノイマンの原理と並進操作

ある結晶に回転操作を施した際、もとの原子配列と重ねるために平行移動(並進)が必要となることがある。 (この並進の大きさは基本並進ベクトルの長さ以下とすることが可能である) 回転軸と垂直方向の並進については、軸の位置をずらすことによって平行移動を不要にすることができる。 一方、回転軸と平行な方向への並進については、軸の位置とは無関係である。 同じように、ある結晶に鏡映操作を施した際、もとの原子配列と重ねるために平行移動が必要となることもある。 鏡映面と垂直方向の並進については、面の位置をずらすことによって平行移動を不要にすることができる。 一方、鏡映面と平行な方向への並進については、面の位置とは無関係である。
ノイマンの原理を考えるうえでは、結晶の応答がその並進で変化するかどうかが重要な要素となる。 並進の大きさが格子定数以下であることから、 空間的に一様な外場であれば、結晶の応答はその並進とは無関係なはずである。 このような場合は、結晶の対称性を考える際に上記の平行移動を無視してよいことになる。 この立場に立って結晶の対称性を考えたものが、後で述べる結晶点群である。
なお、外場が格子定数の長さスケールで変動する場合は、結晶点群の考え方では不十分である。 この場合は、回転操作と並進を連続して行う操作や、鏡映操作と並進を連続して行う操作を改めて考える必要がある。 これは空間群と呼ばれるものであるが、本講義では扱わない。

結晶系と対称操作

cubic lattice system

立方格子には、次の対称操作がある。

国際表記では 4/m 3 2/m と表す。 ここで、3 という記号は3回回転に続けて空間反転を行う操作を示している。このような操作を3回回反操作と呼ぶ。 3回回反を3回繰り返すと空間反転と等価に、また、4回繰り返すと3回回転と等価になるので、 3回回反対称性を有する系は、自動的に、空間反転と3回回転の両方を対称操作として有することになる。 また、mは鏡映操作を示し、その前の斜線は鏡映面が回転軸に垂直であることを表している。

また、国際表記では、
4/m −3 2/m
というようにバーを数字の上につける代わりに、負符号を数字の前につけることもある。

tetragonal lattice system

正方格子には、次の対称操作がある。

国際表記では、 4/m 2/m 2/m と表す。

orthorhombic lattice system

直方格子には、次の対称操作がある。

国際表記では、 2/m 2/m 2/m と表す。

hexagonal lattice system

六方格子には、次の対称操作がある。

国際表記では 6/m 2/m 2/m と表す。

rhombohedral lattice system

菱面体格子には、次の対称操作がある。

国際表記では 3 2/m と表す。

monoclinic lattice system

単斜晶格子には、次の対称操作がある。

なお、γが90度でないように基本格子ベクトルを取ることもあるがその場合は、 cが2回回転軸となる。 国際表記では 2/m と表す。

triclinic lattice system

三斜晶格子には、空間反転以外の対称操作はない。 国際表記では空間反転操作を 1 と表す。

結晶点群 (crystallographic point group)

結晶系は平行六面体の形、すなわち格子点の配列パターンに関する分類であった。
しかし、実際の結晶においては各単位胞の中に原子が存在する。 したがって、実際の結晶においてある操作が対称操作となるためには、 格子点の配列に加えて、原子配列も変わらないことが必要である。 ただし、ある操作の前後で並進したとしても、多くの応答には影響がないと考えられるため、 この並進については、無視してもよいという立場をとることがある。 このような立場で結晶を対称操作の観点から分類したものを結晶点群と呼ぶ。 結晶点群は全部で32通り存在する。以下、個々の結晶点群をcrystal systemごとに述べる。

cubic system

立方格子を持つ結晶を立方晶と呼ぶ。 立方晶の原子配列は、立方格子が有するすべての対称操作について不変であるとは限らない。 実際、4本の3回対称軸さえあれば、立方格子が保たれることが示される。 そこで、立方晶は、対称操作によって次のように分類される。
国際記法国際記法(略式)Schönflies記法
4/m 3 2/m m 3 m Oh
4 3 m 4 3 m Td
4 3 2 4 3 2 O
2/m 3 m 3 Th
2 3 2 3 T

ここで、4という記号は、90度回転してから空間反転をほどこす4回回反操作を表す国際記法である。 4回回反対称性があっても4回回転対称性があるとは限らない。 逆に、4回回転対称性があっても、4回回反対称性があるとは限らない。
それぞれの国際記法は3つ、あるいは2つのブロックに分けることができる。 このうち、1番目のブロックはa, b, cに対応する。 2番目のブロックは4本の対角線に対応する。 3番目のブロックがあるものは、a+bおよびそれと等価な、合計6本の軸に対応する。

tetragonal system

正方格子を有する結晶を正方晶と呼ぶ。 正方晶の原子配列は、正方格子が有するすべての対称操作について不変であるとは限らない。 実際、4回回転対称性か、4回回反対称性があれば、正方格子が保たれる。 正方晶は対称操作によって次のように分類される。

国際記法国際記法(略式)Schönflies記法
4/m 2/m 2/m 4/m m m D4h
4 2 m
4 m 2
4 2 m
4 m 2
D2d
4 m m 4 m m C4v
4 2 2 4 2 2 D4
4/m 4/m C4h
4 4 S4
4 4 C4

国際記法のうちいくつかは3つのブロックに分けることができる。 このうち、1番目のブロックはcに対応するものである。 abは通常2番目のブロックに対応する。

orthorhombic system

直方格子を有する結晶を直方晶と呼ぶ。なお、以前は、斜方晶という誤訳がそのまま使われていた。 直方晶の原子配列は、直方格子が有するすべての対称操作について不変であるとは限らない。 実際、それぞれの基本単位ベクトルの周りの2回回転か鏡映が対称操作となっていれば、直方格子が保たれる。 直方晶は対称操作によって次のように分類される。

国際記法国際記法(略式)Schönflies記法
2/m 2/m 2/m m m m D2h
m m 2 m m 2 C2v
2 2 2 2 2 2 D2

なお、それぞれの国際記法は3つのブロックに分けられ、 a, b, cに対応するものであるが、その順番は結晶点群では決まっていない。

hexagonal system

六方格子を有する結晶のうち、cが6回回転軸であるもの、 あるいは、cが6回回反軸であるものを六方晶と呼ぶ。
cの周りの3回対称性さえあれば、結晶系(格子系)は六方格子を保つのだが、 3回回転軸を1本持つという意味では、菱面体格子と区別をつける必要がなくなる。 基本並進ベクトルをみれば、これらの二つは区別できるが、 並進を無視するという結晶点群の立場では、これらをまとめるほうが合理的である。 したがって、これらはまとめて三方晶(trigonal system)と分類され、六方晶と区別される。 六方晶は対称操作によって以下のように分類される。

国際記法国際記法(略式)Schönflies記法
6/m 2/m 2/m 6/m m m D6h
6/m 2 m
6/m m 2
6 2 m
6 m 2
D3h
6 m m 6 m m C6v
6 2 2 6 2 2 D6
6/m 6/m C6h
6 6 C3h
6 6 C6

ここで、6という記号は、60度回転してから空間反転をほどこす6回回反操作のことである。 6回回反対称性があっても6回回転対称性があるとは限らない。 逆に、6回回転対称性があっても、6回回反対称性があるとは限らない。
国際記法のうちいくつかは3つのブロックに分けることができる。 このうち、1番目のブロックはcに対応する。 a, b, a+bに対応する対称操作は通常2番目に置く。

trigonal system

すでに述べたように、六方格子を持つ結晶のうち6回回転軸も6回回反軸も持たないものは、菱面体格子の結晶とまとめて、三方晶に分類される。これらの結晶を特徴づける対称操作は3回回転である。 三方晶は対称操作によって次のように分類される。

国際記法国際記法(略式)Schönflies記法
3 2/m 3 m D3d
3 m 3 m C3v
3 2 3 2 D3
3 3 C3i or S6
3 3 C3

monoclinic system

単斜格子を有する結晶は単斜晶と呼ばれる。 原子配列が2回回転と鏡映のどちらかを対称操作として有すれば、単射格子が保たれる。 結晶点群では次のように分類される。

国際記法国際記法(略式)Schönflies記法
2/m 2/m C2h
m m Cs
2 2 C2

triclinic system

三斜格子を有する物質は三斜晶と呼ばれる。三斜晶が持つことのできる対称操作は空間反転のみである。

国際記法国際記法(略式)Schönflies記法
1 1 Ci
1 1 C1

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物質系専攻 有馬孝尚