対称性の多極子による表現 / Multipole representation of symmetry


多極子 / Multipole

多重極展開 / Multipole expansion

電荷の空間分布ρ(r)が球対称の場合の静電ポテンシャルは等方的であり、 遠くでは、全電荷Qに比例して原点からの距離rに比例する。 一方、電荷の空間分布ρ(r)が球対称からずれているときに、遠方の静電ポテンシャルを 原点からの距離rの逆数で展開することを考える。これを多重極展開と呼ぶ。
rに反比例する項は等方的なので、r2に反比例する項を考える。 電荷分布ρ(r)が与えられたときに、具体的にこの係数を計算すると、 θとφで決められる方位依存性が出現し、 ρ(r)rY1m(θφ)を空間積分して得られる定数と 球面調和関数Y1m(θφ)との積が1/r2の項の係数となることがわかる。 この空間積分を、電気双極子と呼ぶ。 rY1m(θφ)の3つの独立な成分は、基底の変換によって、x, y, zとなる。すなわち、電気双極子は、xρ(r), yρ(r), zρ(r)のそれぞれの空間積分であることがわかる。 (単位系の問題は無視している)
同様に、積分に使うrのべきと球面調和関数の次数をあげていくことにより、電気四極子、電子八極子といった高次の項が出現する。これらを多極子と呼んでいる。 すなわち、ある点の回りの電荷分布によって生じる静電ポテンシャルをrの負べきで展開したものが多重極展開、その成分のうち各々の球面調和関数に対応する部分の係数が電気多極子である。
なお、数学では通常複素数の形の球面調和関数Ylm(θφ)を用いるが、静電ポテンシャルを考える場合には、Ylm(θφ)とYl−m(θφ)の和と差を取って、実数の形の球面調和関数を考えるほうが便利である。こうすることで、実関数に対応した電気多極子が得られる。 ここで、次数がlの実球面調和関数にrlを乗じると、x, y, zl次のべきになるので、電気多極子をこのようなべき項で表現することもできる。すなわち、双極子がx, y, z、四極子がyz, zx, xy, x2+y2, 2z2-x2-y2といった具合である。

対称性と多極子 / Symmetry and Multipole

上記のように得られる多極子は、固体の対称性を表現する便利な方法の一つでもある。 すなわち、あらゆる結晶は対称操作に基づいて32の結晶点群に分類される。 一方、実関数で表現する球面調和関数についても、対称操作を考えることが可能である。
ノイマンの原理により、固体中の静電ポテンシャルの空間依存性は、固体が属する点群で許される対称操作について(並進を除いて)不変でなくてはならない。 したがって、固体が持つ対称操作を施したときに、変化しないような実球面調和関数に対応する項だけが残る。 これを逆に使うと、32種の結晶点群を多極子で表現することも可能である。

物理応答を表すテンソルと多極子 / Tensor and Multipole

一方、物質の物理応答は「テンソル」で表された。 n階のテンソルの各成分をx, y, zn次のべきで対応させることを考える。一方、すでに述べたように、実球面調和関数も同じようにべき項で表現できる。 さて、テンソルのうちゼロでない成分は対称操作で変化しないことが必要である。 これは、対称操作で変化しない実球面調和関数のべき項の表現と一致する必要がある。 あるいは、物理応答がどのようなテンソル成分を有するかを議論するだけであれば、多極子で表現することも可能である。

原子波動関数と電子密度分布の多極子成分

上述した対称性と多極子の関連は、固体中の各原子サイトにおいても有効である。ただし、原子の回りの電子密度分布を議論する際に考えるべき対称性は、結晶点群ではなくて、各原子サイトの局所的対称性である。局所的対称性は、必ず、結晶点群と同じかそれよりも低い。 すなわち、結晶点群で許されている対称操作が失われている場合もある。
局所的対称性から対応する多極子が決まり、電子密度分布はその多極子の成分を持つ。

ここで、電子密度分布を表現する多極子としての実球面調和関数と、電子が占有する原子の波動関数を表す球面調和関数が、全く別物であることに注意しよう。 電子分布には、波動関数の位相の情報が含まれていないのである。
例えば、p軌道を占有した電子を考えると、波動関数は次数1の球面調和関数で表現できるが、電子分布には次数1の成分は含まれず、次数がゼロの単極子成分(これは電荷を表す)の次の項は、次数が2の電気四極子となる。
純粋に一つの球面調和関数で現れる原子波動関数だけでは、次数が奇数の電子分布を作ることができない。 一方で、局所的に空間反転対称性がない原子サイトというのは広く存在する。このとき、電子分布も空間反転対称性を失っているはずである。 このことを表現するには、二つの方法がある。一つは、原子波動関数のうち偶数次数の球面調和関数と奇数次数の球面調和関数の線形結合を取ることである。 もう一つは、一つの原子の波動関数だけでなく、隣接した原子の波動関数も使うことである。 現実の物質においてもこれらの二つの効果が生じうるが、どちらの効果がより大きいかは場合によって異なる。

Jahn-Teller効果 / Jahn-Teller Effect

すでに、結晶中の原子では連続的な回転対称性が失われるので、軌道角運動量が固有状態ではなくなることを述べた。この効果によって、孤立原子において縮退していた原子軌道は結晶中で分裂することになる。 しかし、局所的な対称性がある程度高ければ、原子軌道の縮退が完全には解けずに、部分的に残る場合がある。 このように縮退が残った複数の軌道がある場合、それぞれの軌道を同数の電子が占有するだけの電子が固体中にあるかどうかは必ずしも保証されない。 軌道のエネルギー縮退は、対称操作によってある軌道が別の軌道に移り変わることから生じていることに注意すると、 縮退が残った複数の軌道に対して占有電子数が等しくならない場合は、その対称操作を破ってしまうことになる。占有電子数が異なる軌道の入れ替え操作は、対称操作ではないからである。
このように電子数の制限から破れる局所的な対称性の破れと、その原子サイトの回りの原子配置を変化することによって破れる対称性の破れが一致している場合は、これらの間にエネルギー的な結合(相互作用)が生じる。この相互作用によって、周りの原子が自発的に対称性を下げるように変位し、縮退していた電子軌道に占有数の非対称が生じる現象を、Jahn-Teller効果と呼ぶ。 この効果は、結晶を歪ませる主要な要因の一つとなっている。また、原子サイトごとに占有軌道の自由度があるため、Jahn-Teller効果は結晶のひずみだけでなく、熱の出入りにも深くかかわる。
なお、縮退した電子軌道が示す周りの原子の変位との結合は、軌道が縮退していない場合に比べて大きくなるため、超伝導などの関連からも興味を持たれている。


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物質系専攻 有馬孝尚