対称性と物質機能の関係 / Relation between Symmetry and Functions


ノイマンの原理 / Neumann's Principle

19世紀、Franz Ernst Neumannは、物質の弾性定数の対称性は、物質の対称性と同じであることを提唱している。 その後、Woldemar Voigtが「物理現象の対称性は結晶の有する対称性と同じかそれより高い」と明示した。 これを、ノイマンの原理 (Neumann's Principle) と呼ぶ。

物理現象の対称性

ノイマンの原理は、物理現象の対称性と結晶の対称性を比較している。 後者の対称性は理解しやすい。 対称操作とは、結晶中の原子の配列にその操作を施しても元と変わらないことを意味している。
ここでは、前者の「物理現象の対称性」について考える。 Neumann自身は力学的な固体の変形を扱っている。 これは、力という作用によって変形という効果が生じる現象である。 この力や変形が、空間反転、回転、鏡映という操作によって元と変わるかどうかを議論することになる。
例として「ものを押したときにその方向に縮む」という物理現象を考える。 あるものをxy面内で角度θの方向に押したときの縮み具合と 角度θ+π/2の方向に押したときの縮み具合が等しければ、 この物理現象は4回対称性を有すると言うのである。

ノイマンの原理の直観的な理解

ノイマンの原理を「結晶を押したときにその方向に縮む」という物理現象に適用する。 「結晶を押したときにその方向に縮む」という現象の対称性は結晶の対称性と同じか高いはずである。 したがって、結晶が4回対称性を持てば、「結晶を押したときにその方向に縮む」も4回対称性を示すことになる。
この現象は、次のように理解できる。結晶の4回対称性と平行にz軸を取る。 この結晶を角度θの方向に押して縮ませた状態を「状態1」、 角度θ+π/2の方向に押して縮ませた状態を「状態2」とする。 状態1と2で圧縮応力が定量的に等しいとして、縮み具合を比較する。 「状態1」をz軸周りに90度回転させても、 結晶の原子配列は(単位ベクトル程度の並進を除けば)不変である。 押す方向はθ+π/2に変わるが、縮み具合は状態1と同じである。 これを状態2と比べると、原子配列と押す力の方向と大きさが同じだから、 縮み具合は同じでなくてはならない。 よって、90度回転する前で比較しても 状態1と状態2は縮み具合が同じという結論が得られる。

なお、弾性が4回対称性を持つからと言って、 結晶が4回対称性を有するとは限らないことには、注意が必要である。

テンソル

物理現象の対称性を考えるための道具として、テンソルというものがある。 厳密なことを言えばテンソルは線形的な概念の一般化であるが、 この講義では3次元という実空間に存在する結晶の線形応答だけを扱うので、 3成分であらわされる「ベクトル」や、ベクトルからベクトルへの線形変換を表す 9成分であらわされる「行列」で表現されるもの、というように考えても特に困ることはない。 直交座標系を定めた場合に、各成分がどの成分かを表すために必要となる添え字の個数を階数と呼ぶ。 例えば、空間上のベクトルは1階のテンソル、ベクトルからベクトルへの線形変換を表す行列は2階のテンソル、 ということになる。

結晶にある方向の力を加えるだけでは、結晶全体の並進に関する運動量が変化する(加速・減速する)だけで 変形はしない。 結晶の対向する面に逆向きの力を加えると初めて変形を起こす。 すなわち、結晶を変形させる外側からの力の記述は、より複雑となる。
簡単のために、立方体状に整形した結晶の対向する一対の面を引っ張る場合を考える。 この作用を指定するには、力の大きさだけでなく、 どの面にどの向きの力を加えるのかを示す必要がある。直交座標系を用いると、 面の法線方向をi、力の向きをjとしてσijと表されるような 9成分の量の組み合わせで表現できる。 (そのうち3成分はトルクを表し、6成分が変形を生み出す応力を表す) このように、応力は2階のテンソルである。
一方、結晶のすべての部分が同じだけ変位しても変形はしない。 変位ベクトルが結晶の部分に依存することで初めて変形が起きる。 変形(あるいはひずみ)を指定するには、結晶の場所による変位の変化を示す必要がある。 直交座標系を用いると、 変位の方向をi、変位の空間変化を考える方向をjとして ϵijと表されるような9成分の量の組み合わせで表現できる。 (そのうち3成分は結晶の回転を表し、6成分がひずみを表す) このように、ひずみは2階のテンソルである。
応力が小さければ、応力とひずみの間に線形関係が成り立つことが多い。一般的に、この関係を、
σ = D ϵ
と書く。このDは弾性率テンソルと呼ばれる。 これは、ベクトルAとベクトルBの線形関係が行列で表されるのと同じように考えればよく、 直交座標軸を定めた成分表示では、
σij = Σkl (Dijkl ϵkl)
と書くことができる。すなわち、座標系を定めて弾性率テンソルを書き下す場合には、4つの軸方向を定めることで成分が決まるのであり、4階のテンソルということになる。

テンソルと操作

ノイマンの原理を利用するには、空間上のベクトルが 空間反転、回転、鏡映、回反の各操作でどのように変換されるのかを考える必要がある。 回転操作については、直観的な変換をそのまま施せばよい。 例えば、ある直交座標系を規定した場合に (Ax, Ay, Az) で表されるベクトルをz軸の周りでθ回転させると、 (Axcosθ−Aysinθ, Aycosθ+Axsinθ, Az)と変換される、といった具合である。
一方、空間反転操作の場合は注意が必要である。 位置、力、速度、電場といったベクトルは、空間反転操作によって向きが反転するが、 トルク、角速度、角運動量、磁場といったベクトルは空間反転操作について不変なのである。 前者のことを極性ベクトル、後者のことを擬ベクトルや軸性ベクトルと呼ぶこともある。
鏡映操作は2回回反操作に他ならないため、やはり注意が必要である。 すなわち、極性ベクトルは、直観的な鏡映と全く同じ変換を考えればよいが、 軸性ベクトルの場合は、直観的な鏡映を施したのちにその向きを反転させなくてはいけない。 一般的な回反操作についても全く同様の注意が必要である。

対称性と物理応答テンソル

物理現象は、入力Aに対する出力Bと考えることができる。 例えば、これらの間に線形関係が成り立つ場合、線形応答テンソルCを用いて
B=CA
と表すことができる。この物理現象に、結晶が有する回転、空間反転、鏡映、回反等の対称操作Tを施すことを考える。 まず、操作Tが対称操作かどうかは考えないこととすると、 操作Tによって、一般には、入力も出力も応答テンソルも変化する。 これらをA′ B′ C′とする。
これをTA=A′などと表現してもよい。 このとき、 (TB) =(TC) (TA)
と書くことができる。 ここで、Tが対称操作であれば、操作Tの前後で原子配列は不変なので、応答も不変であり、 TC=Cでなくてはならない。すなわち、
(TB) =C(TA)
B=CA
であることを用いると、
T(CA) = C(TA)
が成り立つ。対称操作Tには必ず逆操作T-1が存在するので、
C = T-1CT
が言える。 結晶がさまざまな対称性を有する場合、すべての対称操作Tについて
C = T-1CT
が成り立つことから、線形応答テンソルCの自由度(独立な成分の数)が少なくなる。

対称性と原子波動関数

物質の対称性は、応答の対称性以外にも影響を及ぼす。 物質の性質は、原子核と電子によって左右される。 原子核の運動は格子振動あるいはそれを量子化したフォノンによって表現される。 一方、電子の運動は、波動関数を用いて表現される。 結晶におけるフォノンの固有モードと電子の固有波動関数は、 結晶全体、および、結晶中の特定の原子の周りの対称性を反映したものとなる。
一例として、結晶中の原子波動関数を考える。孤立原子の一電子波動関数はs, p, d, fといった記号で表現される。 あるいは、多電子波動関数の場合は、S, P, D, F, G, Hといった記号で表現される。 これは連続的な回転対称性に対応して角運動量が保存量となることに起因している。 結晶中では連続的な回転対称性は必ず失われ、残る可能性がある回転対称性は離散的なものに限られる。 これを反映して、角運動量も保存量ではなくなる。
Blochの定理を思い出してみよう。 連続的な並進対称性がある場合には運動量が保存量であるのに対し、 周期的なポテンシャルのために並進対称性が離散的になった場合には 運動量がh/aaは周期)だけ違う状態の間に非対角項が生じる。 その結果、波数kとしては第一Brillouin帯の中だけを考えればよく、それを結晶運動量と称する。 この結晶運動量が保存量の役割を果たす量子数となる。 これと同じ理屈で、n回回転対称性を持つ系では、 軸周りの角運動量がnh/2πaは周期)だけ違う状態の間に非対角項が生じる。 その結果、n通りの値を取る量子数が残る。

波動関数 量子数
ポテンシャルのない1次元系 eikx 運動量hk/2π
1次元周期ポテンシャル u(x)eikx ただしu(x+a)=u(x) 結晶運動量h(k mod 2π/a)/2π
軸対称系 R(r)Θ(θ)eimφ 軸周りの角運動量mh/2π
n回対称系 R(r)Θ(θ)u(φ)eimφただしu(φ+2π/n)=u(φ) (m mod n)h/2π

ここで、位置座標xは−∞から+∞までをとれるが、方位角φは2π増減すると元の位置に戻ることから、表中のmは整数であるという条件が付く。
具体的な例として、6回対称軸が残る場合を考える。 このとき、角運動量が6だけ離れた状態の間に非対角項が出現する。 lz=3とlz=−3は時間反転対称性があれば縮退したエネルギーを持つはずだが、6回対称性から生じる非対角項のために両者の間に混成が生じてエネルギー縮退が解消して分裂する。

なお、結晶中の一つの原子の波動関数を議論する場合は、点群ではなく局所的な対称性(site symmetry)を考える必要がある。 一方で、ブロッホ波動関数を議論する際には、結晶点群での議論が重要になる。この場合は、一つの原子の波動関数ではなく、等価な原子サイトの波動関数の線形結合を作る際に、角運動量が部分的に復活しうるのである。


固体物理第三のフロントページへ

物質系専攻 有馬孝尚